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資源も「入りを量りて出るを制す」

2012/01/02

明けましておめでとうございます.
ひどく久しぶりのブログ更新となりました.

今年の抱負「入りを量りて出るを制す」から、今年の記事を始めます.

家計で「入りを量りて出るを制す」のは当然のこと.ないお金を使ったらあとでクレジットカードの支払いなどで苦しむのは当然のこと.それでも買ってしまい借金に悩む人たち、気をつけましょう.

また、自然が私たちに与えてくれる、水、きれいな空気、資源なども、「入りを量りて出るを制す」に心がけます.

だって、これらの物は限度なしに次から次へと生まれてくるものではないのですから.

水をよごしたらきれいな水の絶対量は減りますし、
森林だって伐採したらきれいな空気を出してくれる木がなくなるばかりでなく、木は成長するのにすう10年かかるわけですから、取り戻すのはとっても大変.自然災害ももちろん増えます
土を汚染してしまったらそこからとれる農作物が食べられなくなるのは必至です

こわしてしまったら取り戻せないものだってたくさんあることにもっともっと目を向けて、今年1年、健康にがんばりましょう

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出会いは大切に。「縁とは奇なり」

2011/09/30

ブログで知り合った方とはじめて昨日、会ったんです。ちょっと事情、というか趣味の話で盛り上がって、と表現しましょうか、実際に会うことに。しかも彼女にとったらあまり慣れない場所での待ち合わせだったのでちょっと心配でしたが、携帯を駆使して無事に会うことができました。お互いに旅先での地の約束でした。

自己紹介に始まり、最初はちょっと遠慮があったりぎこちない会話になりましたが、すぐに、前から予定してあった趣味関係のお店にそのまま向かい、そこに入ったら、「はじめて」というのに、そんなことをも忘れてしまうようにお話ができました。

まったく見ず知らずの私たちが知り合ったのはブログ。しかし星の数ほどもあるブログの中から、たまたま気になったブログであり、あ、会ってお話してみたい、という気持ちになり、なんだかんだで旅先で会おう、と約束までしてしまったのですからとても不思議です。

「縁とは奇なるもの」を実感しました。

交通関係の事情で待ち合わせの時間を3時間遅らせなくてはならないというハプニングもあったので、その日はあまりゆっくり話せず残念だったんです。すると次の夜メールが入り、

「明日しか時間が空いていないので、無理でなかったらランチか朝のコーヒーができたら」とおっしゃっていただいたので、「もちろんもちろん」と朝の10時前に再会しおしゃべりを楽しみました。あっというまの1時間半でした。自分が考えていることに始まり、お互いに持っている夢の話、家族のことと、話はつきません。

もしかしたら、もう2度と会えないかもしれません。(会えたらとても嬉しいですけれど)そういう方に巡り会えて、なんか、いろいろと表面的だけでない話をできた、というのは、きっと上の方にいるどなたかが、「この人に会っておきなさい」と言っているのだろうなぁ、と勘ぐっているところです。

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人と比較しないと生きていけない?

2011/09/29

比較する、比べる、とというと持ち物であったり、家のサイズ、学歴であることが多いですが、ここではちょっと別の話題を。

たとえば、あなたにつらいことがあって、友人に聞いてもらいたいとしましょう。しかし、その話をすると、

「あなたなんかいいじゃない。私なんかねぇ」とか
「それくらいたいしたことじゃないわよ、あのうちなんかねぇ、」と、もちろん慰めのつもりもあるのでしょうが、こういう言葉を聞かれることって多くありません?

そりゃ、世の中数多くの人が生活しているわけだから、いろいろな不幸もあるし、人によって感じ方はさまざま。だから、何を言ったところで、

「あなたなんかよい方よ」でまとめられてしまうかもしれません。

しかし、悩み、相談事をしている側は自分はつらくて仕方がない、誰かに聞いてもらって少しでも気分を楽にしたい、という少し自分勝手な気持ちがあるわけですよね。これくらい自分勝手になってもいいと思いますよ。あまり、頻繁というのは困り者ですが。友人なら、その気持ちを受け止めてあげられるくらいのゆとりが欲しい。そう思いませんか?

別に悪気があるわけではないでしょうが、いつもいつも、「私なんかねぇーー」「うちの子供なんか…」問い割れ続けると、こちらの話をする気がうせてしまうんです。でも、ということは、振り返って自分がはたしてそういう言葉を口にしていないかも注意しなくてはならない、ということ。いやぁ、気をつけなくちゃ。

生きていく間にはたくさん、つらいこと、悲しいこと、嬉しいことありますよね。回数を経ることにつらいことの処理が上手になったり、悲しいことにも立ち向かっていけたりする強さが人間には備わってくると思うのですが、でもそれも人それぞれ。まわりの人がつらい気持ちになっていたら、おおらかにそれを受け止めてぜひ、耳を傾けましょうよ。

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もの作りには時間と技術が必要なんですよ

2011/09/27

日本に限らず歴史が長い国は、「優れた技術」を育んできましたよね。それがどういう分野であっても、利益に結びつかなくても、最高の技術を求めようとすつ気持ちを大切にしてきたと思うのですが、最近では、機械の発達、そして、時間との戦い、さらに経済の悪化で、私たちの心の中から「手作り」に対する目が変わりつつあります。

機械で安くできるのだから何も、時間をかけてわざわざ手作りをする必要もないし、そんなものにお金を使いたくないという考え。そして

手作りの持つ味、そして作った人の心がこもった作品の暖かみをもっと大切にしたい、という伝統工芸への愛着、郷愁を感じる気持ち。

どちらも人々を納得させる理由はあるのですが、私はどうしても後者に軍配を上げたいです。

もっとも、機械に頼って廉価で手に入った方が良いものもありますから、一概には言えませんが、
「質が良い一品を大切に使いたい」
「◯◯さんが作ってくれた心がこもった作品をいつまでも持っていたい」
「使えば使うほど味が出てくるからとても手放せない」

といった心が私たちの心をやさしく、暖かく、まぁるくしてくれると思うんです。もちろん、こういうものは額がそれなりになりますから、なかなか手に入らないですよね。だからこそ、手に入れたときの嬉しさは大きいし、また、大切にしよう、という気持ちが芽生えます。そして、手作りに関わっている方達を応援しよう、作ってくれた方に「ありがとう」と感じられでしょう?

すると、「時間」に対しての私たちの観念も変わっていくのではないかなぁ。何ができ上がるにも時間がかかります。バーチャルの世界に生きてしまうと、その観念が薄れてしまいます。でも、バーチャルの世界だけでは生きていいけないのですからね。お野菜だって育つのには時間がかかります。

ブランド、名前で法外な価格を支払うのは避けたいですが、でも、自分が気に入った一品、作った人の愛着を感じられる品物は貯金をしてでも買いたい、と思う今日この頃です。

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ペットに癒される気持ちも私たち次第

2011/09/19

マフィンです

私の家族の一員であるマフィン.彼女がいるおかげで、どれだけ私たちの気持ちが癒されているかわかりません.
私たち人間は、当たり前のような顔をして、飼い主の振りをしていますが、実は、これは逆ではないのか、と思う時があるのですよ.

ワンコ、ニャンコたちは、黙っているけれど、私たちの喜怒哀楽を察して、そっと寄り添い、気持ちをなだめてくれたり、やさしい気持ちにしてくれようといつも気づかっているのではないか、と思えてなりません.

木の棒見つけたの.

彼らの純真な目を見ていると、とても心が癒されます.とても何かを言いたげな時もありますしね.

そして、彼らのやさしさを受け取れるか、理解できないかも私たち次第.心がとげとげしすぎて余裕がなかったら、まるで暴君のように振る舞ったり、あげくの果てには無力の彼らを傷つけたりしてしまいます.私たちの信じて生きている彼らの気持ちを裏切るというのは、最低のことですよ.

もし、ペットが私たちをじっと見つめる目に対して心がほろっとならなかったら、それは注意信号かもしれません.

何も求めず、つらくても文句も言わない、私たちの言葉を黙って待っている彼らの気持ち、ぜひぜひ大切にしましょうよ..マフィンはとなりで伸び切って寝ています...

待って、私をおいていかないで〜

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我慢するか、怒りで相手を攻撃するか

2011/09/18

経済の好転の兆しが見えないアメリカから、いったい、人々の心が歪んでしまったのではないか、と思うニュースが聞こえてきました.我慢をするくらいなら、相手を攻撃してしまおう、という人々.もちろん、そういう人は小数ですが、増加していることは事実のようです.

「バスに乗るお金がないから、ただで乗せろ」と運転手に言ったら、運転手に断られ、怒り、運転手になぐりかかった乗客.

バスの中で静かに座っていられなかった自分の息子を他人に注意されたことに怒り、女性が携帯でボーイフレンドに電話.彼女が降りたバス停ではボーイフレンドがライフルを持って待機.降りたとたんに、バスの中の乗客に向かってライフルを乱射した男性.

この他にも、携帯で集まった人たちが店に乱入し、当たり前のように、店の商品を手当たり次第盗んで、出て行くなど、ちょっと信じられないような事件が立て続けに起きているようです.もっとも、メディアはこのような極端なニュースを流すから、人の心に残るのかもしれませんが..

私たちの心から良心、罪悪感、人への思いやりなどのやさしい心を無くたら、とても住みにくい世の中になるのでしょうね.どういう世界にするかは住んでいる私たち次第.

何が人々の心を変えているのか、どうしたらこれ以上、心をいびつにしないのか、そして、こういうニュースが海外から聞こえていたら、それに対して「へぇ〜」「ほぉ〜」「すごいね」「こわいね」と言っているだけではなくて、そうならないように、自分の心、家族、友人、同僚の気持ちを考え、自分たちは大丈夫なのか、人に対して攻撃的になっていないか、もし、そうならどうなのか、誰かが必要以上に我慢をしていないかなど、ぜひ、考えましょうよ.

日本とアメリカは根本的に異なる国ですが、国境だけではなく人々の心の境界線もあやふやになってきている現在ではいろいろな影響をお互いに与えています..これはよいことでもありますが、その反対に、ウィルスが繁殖するように、人の心に悪影響を与えることだって少なくありませんよね.自分たちの価値観、習慣、歴史、文化など、私たちが大切にしてきたものは忘れたくない、と心から思います.

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災害のときに見られる人間の優しさ、強さを普段も

2011/09/11

9/11が起きたのがもう10年前、というのは信じられません.時間がたつのが何と早いこと.

ニューヨークの消防士だけではなく、近郊のフィラデルフィアなどからも警官、消防士が駆けつけてなんとか人命を救助できないかと力を尽くしたそうです.怪我をして休養を余儀なくされていた消防士の中にも無理して現場に向かい命を落としたとか...

崩れ落ちてくることがわかっているのに、ビルの中に入っていった消防士、警官、顔がすすだらけになって、呼吸が苦しくても救助する姿、怪我をした人たちに肩を貸す一般人.人間のやさしさ、強さを見た気がしました.

そして、今回の東北大震災.日本人はまとまって被災地の方たちに何ができるか、少しでもつらい想いを減らせたら、ともがき、苦しみました.(ここに、政府は入れてあげません.村八分です)

人が苦しんでいるときに手を差し伸べられる優しさはまだ、忘れていません.でも、この優しさ、強さを、もっともっと普段の生活、何もないときに出せるようにならないといけない、そう思いませんか?

相手が苦しんでいるのを察する、自分の利だけを追求するのではなく(死んで行くときにしょっていけませんよ)まわりの人たちに何ができるか考える、やさしい気持ち、目でまわりを見る、ことをもっと心がけていったら、私たち、日本人が昔から持っていた「和」が強く、太くなるように思うのですが...

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